フットブレインの影山優佳さんから学んだこと
2022年6月25日に放送された「フットブレイン」。
この放送に登場した日向坂46の影山優佳さんから感じ、学ぶことがあったので、
ここに簡単に書き記しておきたいと思う。
この放送回は、2021年に開幕した女子プロサッカーリーグ「WEリーグ」を振り返るという内容だった。
そこにゲストとして登場したのが日向坂46の影山優佳さん。
影山優佳さんについては、日向坂46としての活動に関しては正直ほとんど知らない。
どういうキャラで、立ち位置で、ファンの人達からどう思われている人なのか。
しかし、カフェラァテは彼女のことを
「筋金入りの、本物の、真のサッカーファン」だと思っている。
サッカー番組に出始めた当初は、
『若い女の子なのに凄いねえ』という扱われ方や接し方をされていた印象だったが、
今ではプロの解説者に引けを取らない、というかむしろ本気度や情熱では勝っているとすら言える存在となっているように感じられる。
もはや彼女がプロ解説者のような発言をしても誰も驚かず、
淀みなく受け入れられ、番組は進行される。
周囲も彼女を信頼し、彼女の意見には価値があると思われている。
やたらと凄いだのなんだの言われなくなり、
そういうものだと、それが当たり前のことなんだと認識されている。
当初は影山さん自身も慣れていない、緊張している感じもかなりあったが、
今では経験を積み、いい意味で慣れ、堂々としている。
影山さんの相当な努力や才能がある事は承知の上で、
単純に「凄いなあ」「人間は成長するもんなんだなあ」と思いながら、
カフェラァテはその放送回をぼーーーーーっと見ていた。
しかし、、、
放送中のとあるシーンで、カフェラァテには衝撃が走った。
あるテーマの途中で、影山さんが突然手を上げて手話をし始めた。
手話をしながら口でも話していたが、話の内容は忘れてしまった。。。
、、、話の内容はどうでも良いんだ。
いや、どうでも良いと言ってしまうと語弊があるが、
話の内容に衝撃を受けたわけではないんだ。
手を挙げて手話をし始めた。
それが台本通りなのか、その場のアドリブなのかは分からない。知る由もない。
アドリブだとして、影山さんの真の目的や意図は分からない。
そんなことは問題ではない。
手話をしている時、
影山さんは明らかに顔が赤くなっていた。
少なくとも、テレビの前でそのような行動をとる事に慣れていないようだった。
恥ずかしそうであり、勇気を出している様子が見て取れた。
しかし、やり切った。
手話が正しかったのかどうかはカフェラァテには当然分からなかったけど、やり切っていた。
そして、周囲の人も影山さんのその手話と話にしっかりと耳を傾け、受け入れ、認めていた。
カフェラァテは思った。
彼女はいつもそうやって、初めてのことに対して勇気を出し、やり通し、経験を積み、学び、成長し、周囲の環境や人々の自分への認識を変えていっているのだと。
思い返せば、内田篤人や大学生と一緒にサッカーをするのだって緊張するだろうに。
それを全力で楽しそうにやり切っている。凄いことだ。
ウィル・A・ツェペリは言った。
勇気とは怖さを知ること。恐怖を我が物とすること。
人間讃歌は勇気の讃歌。
人間の素晴らしさは勇気の素晴らしさ。
エンリコ・プッチは言った。
誇りと勇気。ジョースターの血統。
まるで徐倫を彷彿とさせるなあ、、、、
、、、、せっかく真面目に来ていたのに、ジョジョを絡めてついついふざけてしまう。
、、、悪い癖だ。
花京院がチェリーをついついレロレロしてしまうように、、、
いや、花京院にはレロレロが自分の癖だという自覚はなかった気が、、、
閑話休題。
カフェラァテは思ったんだよね。
怖さを認めて、恥ずかしさを認めて、
勇気を出して、行動して、やり切って、前に進もう。
上手くやれようが、下手をここうが、別にいいだろう。
失敗しても、間違っても、別にいいだろう。
場数を踏んで、経験して、それで得られるものの方が大事だろう。
成長することの方が大事だろう。
影山さんはこの手話の経験を通して、きっとまた成長しているだろうな。
大げさかもしれないけど、彼女は人間の成長を映し出す鏡みたいにも感じる。
素晴らしいなあと思ったから。
ブログに残しておきたいなあと思ったんだ。
おわり。