マインドフルネス瞑想入門(吉田昌生 著)
マインドフルネス瞑想に興味を持ち、ネットなんかで色々調べながら自分なりに実践してみた。
それだけで何となく、いや明らかに効果ありって感じを実感した。
カフェラァテが実感した効果とは一体何かと言うと
「感情のコントロール」と「穏やかな精神状態」
マインドフルネス瞑想の効果は色々言われていて、本書にもたくさん書かれていたし、この記事でも紹介したいと思っているけれど、何よりも一番実感したのがこの2つ。
明らかに違う。
仕事でもプライベートでも、
「イライラしそうな場面」「焦りそうな場面」「人に文句を言ってしまいそうな場面」でふと冷静になり、集中力を取り戻し、やり過ごすことが出来る。
イライラしそうになったら、焦りそうになったら、他人に文句を言いたくなったら、
「イライラしてもいいことないよな。分かってるんだよね。それは昔から、徐倫に対するジョナサンってくらい昔から、分かってるんだよね。落ち着こう。」
って思えるようになったんだよね。
また、悩みや心配事や嫌な出来事があった時、マインドフルネス瞑想をすると
「まあいっか。なんとかなる。やれることを淡々とやっていこう。」
って思えるようになったんだよね。
それらを実感しながらも、
「今のやり方は正しいのか」
「もっと良いやり方があるんじゃあないか」
「もっと効果を上げられるんじゃあないか」
と思い、
「これは一度きちんと体系的に知りたい!」と思って本書を手に取ったんだよね。
本の内容と、実践してみての感想や考えを織り交ぜながら書いていきたいと思う。
それじゃあ早速ゥー!
1.マインドフルネスとは
まず、マインドフルネスとは何か。
色々なところで色々な説明がなされているけれど、
本書では
「たった一つのことに『集中する』こと。そして、『集中が切れたことに気づく』こと。」
といった説明がなされている。
また、マインドフルネスの逆を「マインドレスネス」といい、
●注意散漫
●無意識状態
●思考に飲み込まれる
●何となく何かをやっている
といった状態のことをいう、とも書かれている。
マインドフルネスで「今、ここ」に100%心を向けることが「脳や心のトレーニング」になり、マインドフルネスの数々の効果をもたらすのだという。
「今、ここ」
超重要ワード。
そしてもたらされる効果が
集中力、心の安定、ストレス緩和、冷静さ、頭の整理、幸福感、睡眠の質の向上、、、
「今、ここ」に集中して脳や心を鍛えると、これらの最高の効果を得られる、、、
まさに
「感情のコントロール」
「穏やかな精神状態」
最高じゃあないかっっ!!
本当かよと思うだろう。
こればっかりは、まじでやらなきゃわかんないって感じなんだよね。
やろうと思えるかどうか、やってみるかどうか、それしかないんだよね。
カフェラァテは何故やろうと思ったのか。何故興味を持ったのか。。。
いやはや、当時の自分に感謝ッ!
ぼくは、ぼくに敬意を表するッ!
やらなきゃわからない。
やればわかるさ。
2.基本的なやり方
やり方は色々あって、本書でも様々紹介されているけれど、
専門的で細かいテクニック的なところにこだわったり、正しさを求めすぎると、余計に緊張やストレスを生むってことも書かれていた。
実際にやってみて本当にそうだなと思ったし、大事なのは
●姿勢を正す
●自分の呼吸に意識を向ける
●意識がずれたらまた戻す
●これを繰り返す
ってことだけ。
シンプルに考えるんだ。これだけでいいんだ。ってことなんだよね。
「テクニックなんかはあくまでも瞑想を深める為の手段であって、目的ではない」
と書かれているし、その通りだと思うし、カフェラァテ的に言うならば、テクニックが逆効果をもたらすのであればとりあえず無視したら良いと思うんだよね。
あくまでも瞑想のど素人ともいえるカフェラァテの個人的な意見だけどね。
3.瞑想前の準備運動
瞑想をする前に、瞑想を深めるための準備運動的なものもいくつか紹介されていた。
これもテクニック同様!どうでもよいと割り切る!!
紹介されていた中で、カフェラァテが唯一実践しているのは「首や肩周りのリラックス」。
以前から、首と肩辺りを緩めることには科学的にもリラックス効果があると聞いたことがあったから、これはやっている。
『首と肩を3回ずつ、大きくゆっくり回す』
と書かれていたけれど、回数はどうでもいいんだ!!
ほぐれたって感じられればいいんだ!!
カフェラアテは首を2回くらい回し、肩は適当に回しているんだ!!
何となく回し過ぎは良くなさそうだから気を付けているんだ!!
まあ、つまりはその辺はどうでも良いということだよね。
これもあくまでもカフェラァテの個人的な感想だけど。
4.瞑想に適した呼吸
「何よりも『自分が気持ちのいい呼吸』が大切」「浅くても、深くても良い」
とある。確かにそう。確かにそうなんだけど、
「気持ちのいい呼吸」
って何なんだろうってのは未だに思うね。
強いて言えば、ゆっくりと、じっくりと、吸って、吐く。
気持ちがいいかと言われれば、それは分からない。
でも、落ち着くという感覚。
感覚と言うものは人それぞれ。言語化が難しいもの。
書かれていることにこだわる必要はないよね。
何となく、雰囲気を感じ取るってことも時には必要。
無理に正しさを求めすぎて「呼吸をコントロールしよう」と思うと不自然になり逆効果になる、と本書でも書かれている。
そして、口呼吸ではなく鼻呼吸。吸うときも吐くときも鼻。これはマスト。
鼻呼吸は量や湿度の調整が利き、喉の粘膜の保護になる。
目的をもってあえて口呼吸をする、っていうテクニックもあるようだけれども、基本的に特に指示がなければ鼻とのこと。
実際にやってみてもそう思う。
口呼吸だと
砂漠で水場にありつけず眼球が干からびて眼球にヒビが入るってくらいにのどが乾燥する。
やりたくても出来ない。それが瞑想での口呼吸。やったら喉がパリッパリになるってもんですぜ。
鼻呼吸。これは大事。
誰だってそーする。おれもそーする。
呼吸する時のポイントは、
①鼻先を出入りしている息を観察する。入ってくる息は冷たく、出ていく息は温かく、湿っている。(出ていくときの呼吸は温かくもなく湿ってもいないように感じるが、、、体温と同じ温度だからかな、、、)
②おなかの奥の方で膨らんだりしぼんだりする身体感覚を観察する。
呼吸・息に「集中する」っていうよりも「意識を向ける」「観察する」っていう言葉。
なぜか。
呼吸に集中するってのは、
動作を起こそうとしていること。
呼吸をコントロールしようとすること。
観察するってのは、
感じていること。
ありのままを感じている。
能動的に動きを起こすのではなく、起こったことを感じている。
呼吸をコントロールしようとすると不自然になる。逆効果になる。
5.瞑想の姿勢
瞑想の姿勢は本当に色々ある。手の組み方、足の組み方。それら組み方の名称も色々ある。
が!
どーでもよい!
割り切る。カフェラアテは割り切る。
カフェラアテがやっているのは
●骨盤を起こす
●背筋を伸ばす(時間が経つと猫背になるので、それに気付いたら戻す)
●あぐらをかく
●あぐらをかいた両ひざの上に両手の手のひらを上に向けて置く(手のひらを上に向けると胸が開きやすいらしい)
これくらい。これくらいシンプルにいこう。
今思えばあらゆるスタンドの中でも抜群にシンプルな、シルバーチャリオッツくらいシンプルでいこう。
6.瞑想を行う時間帯
これもいつでも良いと書かれている。
行う時間帯によって感じ方が変わってくるから、自分好みの時間帯でやればOK。
どの時間帯で行うよりも、短くても良いから毎日実践することが大切で、忙しくて時間がないなら3分でも良いと。
カフェラァテとしては、夜寝る前に行うと非常に眠たくなる。眠気我慢大会みたいになる。
眠気と格闘し、一瞬意識を失ったことに気づく、、、
そういう瞑想、、、気づき、、、
これはこれで瞑想になっているようなないような、、、
ただ、眠気との格闘は非常に苦しい。まさに苦闘。
カフェラァテは、平日は仕事終わり、帰宅直後、手洗いうがい着替えを済ませてからサッと行うように習慣づけている。
それでも眠気は襲ってくるのだけれどもね、、、
休日は、
朝起きて、窓を開けて、トイレ行って、うがいして、顔を洗って、水を飲んで、着替えて、ラジオ体操して、もっかい水を飲んでから瞑想している。
誰も興味のないモーニングルーティーン。
この休日の朝の瞑想は、終わった後本当に心地よい感覚がある。
頭や心が無の境地になってから、改めて一日をスタートできるという感覚。
ワシはパニックを知らん男
って感じの人物になった気がしてくる。
平日にもこれができたらいいんだけど、なかなか難しいんだよね、、、
7.瞑想のポイント
●「今、ここ」にただ静かに存在していることが人生の目的であるかのように「何もしない」ことに専念する。
●感じたこと、気づいたこと「全て」に対して、良い・悪いと判断しない。感覚を感覚として感じる。
※「出来ている、出来ていない」「湧いてくる思考」にも気づいたら手放す。
※ジャッジしてしまった自分を「ダメだ」とジャッジしない。気づいた時点で手放す。
●何度でも何度でも『「呼吸を観察する」→「思考に気づく」→「呼吸の観察に戻す」』を繰り返す。
とにかく、ただただ呼吸を観察し、呼吸を感じ、勝手に湧いてきた思考に気づいたら、それを良いだの悪いだの、なんでまた思考が浮かんでくるんだぁ嫌だなぁだの、これは瞑想になっているのかなぁ意味あんのかなぁだの、自分は瞑想に向いていないのかなぁ明日から止めようかなぁ・・・だの、いつになったら瞑想がばっちりできるようになるんだぁだの、、、
そんなことはなーんにも考えず、
機械のように、自動的に、
呼吸の観察に戻るってことを繰り返せばよいとカフェラァテは思っている。
やってみるとわかる。多分間違ってはいない。
8.マインドフル瞑想は脳の筋トレ
「瞑想の目的」は
●無になることではない
●何も考えないことが良いわけではない
●考えてリラックスできないことが悪いわけではない
「瞑想の目的」
それは、
『内側で起こっていることを観察し、気づくこと』
自動的に湧いてくる思考に気づいて、戻す。
気づいて、戻す。
気づいて、戻す。
それを行っている限りマインドフルネス瞑想に失敗はない。
いやぁ、なんて心強い言葉。シンプル。
失敗がないとか最高じゃあないか。
①気づいて戻す。気づいて戻す。何度も気づいて戻す。
↓
②これまで使っていない脳の領域での血流を促す。
↓
③「気づく力」が養われ、集中力を保てるようになる。
↓
④感情的にならず、落ち着き、小さな幸せを感じるようになる。
この①~④のプロセスが脳の筋トレ。
マインドフルネス瞑想中には実際に脳の特定の部位の血流が多くなるという研究があるようで、まさに脳の筋トレ。
筋肉は脳にはないだろうから、
脳トレ。脳みそトレ。
、、、
「脳の筋トレ」が一番しっくりくるね!
んなこたア大したことじゃあねーだろ康一!!
9.瞑想で実感できる境地
「思考・感情は無常なもので、本当の自分ではない」
これが辿り着ける一つの境地だという。
本当の自分とは「考えていること・感じていること」を少し引いたところから観察している『意識』のこと。
イメージとしては、
大空があって、そこには薄い雲・濃い雲・黒い雲・白い雲といったいろんな雲があって、風が吹いていて、それらの雲が風に流されていて、、、
といった景色があったときに、
それらの雲が「思考・感情」であり、大空が「自分の本質・本当の自分」というわけであり。。。
いろんな雲が流れては消え、流れては消え、を繰り返しても、
ずっと変わらず揺るぎないものが大空、、、自分自身の本質。本当の自分。
瞑想を実践することで「それ」だけが残る。
実生活で言えば、
不安や怒り、悲しみ、緊張、劣等感などの負の感情はあくまでも流れゆく雲であり、自分自身ではないのであり、自分自身はあくまでもそれらの感情を引いた目線で観察している側であり、それらの負の感情はそのうち流れていくということを知っていて、それに気づいている。
だからそれらの負の感情に流されず、引っ張られず、気づき、冷静に、落ち着いて、しかるべき対処ができる。適切な行動がとれる。
そういう利点がある。
カフェラァテ自身、瞑想を実践している中でこの感覚はよく分かる。
そして、「自分は日頃マインドフルネス瞑想をやっているんだ」という意識が、日常生活の中のふとした場面、感情が揺れ動く場面で呼び起こされ、「冷静になろう。観察しよう。」という気持ちになっているような気もしている。
自分自身が雲になってどこかに流されそうになる瞬間に、ふと我に返って自分は大空であることを思い出して、雲を客観視し始める。
、、、ただ疑問なのは。
ポジティブな感情に対してはどうなんだってこと。
ポジティブな感情であっても巻き込まれないほうが良いのか。
巻き込まれ過ぎて浮かれ過ぎるのは良くないかもしれないが、
ある程度巻き込まれた方が幸せだって考え方もあるんじゃあないのか。
「根掘り葉掘り」ってよー、「根を掘る」ってのはわかる、スゲーよくわかる、根っこは土の中に埋まっとるからな。だが「葉掘り」って部分はどういうことだあー。
ってくらい自問自答するよね。
「ネガティブな時」はわかる、スゲーよくわかる、そりゃあそんな感情に流されたってイイことないからな。だが「ポジティブな時」ってのはどうなんだ。身を任せたら幸せだっつーのよー。
しかし、少なくともギアッチョばりにイラつきながら自問自答することはない。マインドフルネス瞑想を実践している限りはね。
とはいえ、やっぱりこの「大空になって観察する側である」という認識はとても大切だって話がもう一つあって、
ネガティブな感情や悩みにおいて、
その原因は出来事や状況ではなく、自分自身の考え方や解釈にあって、
その考え方や解釈をどうするかでネガティブがポジティブに変わるということがあり、
考え方や解釈を変えるためにもやはり大空として観察する側に立たなければならないとい、というか自分が大空であるということを知らなければならないということがある。
よくある例え話として、コップに水が半分入っているときに
「水が半分しかない」と考えるのか「水が半分もある」と考えるのか、
というものがある。
場合によるかもしれないけれど、多くの場合は「水が半分もある」と考えた方がポジティブな感情だと思うし、幸せになれると思う。
もしも初めに抱く考えが「水が半分しかない」というものであったとしても、
大空として観察する側であれば、その考えに気づき、「水が半分もある」に変えられるかもしれない。
だけど、自分自身が「考え」や「感情」になってしまっていては変えられない。
マインドフルネス瞑想を行えば、
自分自身と思考・感情を切り離し、思考・感情に巻き込まれにくくなる。
考えても仕方のないことをいつまでも考えなくなる。
考えても仕方がないってことに気づいているからこそ。
イライラに気づいて反応しなくなる。
イライラ雲を大空である自分が見つけて、気づいて、風で流しちゃうからね。
悪い考えが浮かんでも、考え方を切り替えることができる。
コップに水が半分入っているとき、半分「も」って思った方が幸せだって知ってるからこそ。
本書を読む前からマインドフルネス瞑想を実践し、なんとなくその効果を実感していたんだけど、本書によってその効果が本当なんだって、松坂大輔ばりに自信が確信に変わるというか、そんな結果になったんだよね。
そして何より、
本書にいろいろと呼吸・姿勢その他細かなことも書かれていたけれど、それらの事にこだわるよりもただひたすら呼吸を観察し、勝手に生じる思考に気づいたらまた呼吸に意識を向けるということにシンプルに注力したらよいってことも、松坂大輔ばりに確信したんだよね。
著者も難しく考えるなってことは述べられているけれども。実際には色々と書いてある。
そりゃあ一冊の本を作るんだから色々と書くよね。それらの情報はそれはそれで価値あるものだとも思うし。
知っているのと知らないのとでは違うよね。
自信が確信に変わってくる度合が違ってくるよね。
それでもやっぱり結論は至ってシンプル。
呼吸を観察→思考に気づく→呼吸の観察に戻る。
これだけで良いと思っている。
確信している。
イチローから3つの三振を奪ったような気分。
そしてもう一つ。
瞑想をすることに無理をしないということ。
時間がない。忙しい。めちゃくちゃ眠たい。
そんなときは当然ある。毎日頑張って働いている。生活している。
そんな時にも「瞑想しなきゃ」と思ってする必要はないんじゃあないかということ。
毎日3分でも良いとは書かれているんだけど、
本当に3分しかやれないときってのは、夜がめちゃくちゃ眠いってことが多い。
疲れ切ってすぐにでも寝たいけど、流石に風呂は入らないといけないし、歯も磨かなくちゃあいけない。歯磨きしながら眠りそうだ。
そんな時の3分瞑想ははっきり言って面倒だし、その3分ですら眠気との苦闘。てか完全に眠りに落ちる。
一時期そうやって無理やりやってはいたけれど、
それはとても辛い経験だった。何とも言えない苦しみ。
だから今はやっていない。
それでも今、今のやり方でも瞑想の効果は凄く実感している。
やれる時にやればいい。やれない時はやらなくていい。
3分ならやれる、そんな時は3分やればいい。
3分すらやれない、だったらやらなくていい。
出来るだけ毎日継続すべき。
それさえ知っていればいい。
それくらいの感覚で無理せず継続したらいい。
カフェラァテは思っている。
てなわけで、
決着ゥゥーーーーッ!!