以前から気になっていた作品。
DAOKOと米津玄師の曲も有名で、いい曲だしね。
夏だしね。
観るよね。
2017年に公開されたアニメ映画は知っていたけれど、
1993年のテレビドラマが基になっているということは知らなかった。
なんで知ったのかというと、
アニメ映画版を観終わって、結局何だったんだと意味が分からなさ過ぎて、ついネットで検索してしまったから。
本当はネットで検索をする前に自分で感想をまとめたいのが本音だけど、
「・・・」って感じ過ぎて調べてしまった。
そして、ドラマ版の存在を知り、評価も高そうだったのでそっちも観てみた。
で、感想を書く。
正直言って大した感想ではないけれど、書こうと思ったから書く!
それじゃあ早速ゥー!
1.アニメ映画版
なずなは確かに可愛い。
広瀬すずの声も可愛くて良かった。
菅田将暉の声は素人感が強くて、人によってはそこがいいのかもしれないけれど、個人的には良いとは思わなかった。
物語に深さはなくて、
ただ単に「もしもの世界」に行ける玉を使って「もしもの世界」に行って、「もしもの世界」を体験したというだけの話だった、、、
という感想。
何か意味や奥深さとかがあるのかとずぅっーーと考えながら観ていたけれど何も分からなくて、結局ネットで人の解説を読んでしまったし、解説を見ないと
『単に「もしもの世界」に行っただけ』
なのだと結論付けることは出来なかった。
だって、基になったドラマが「ifもしも」っていうオムニバスドラマだったんだから、
そりゃあ「もしも」だろうね。「もしも」の話だろうね。
だけど、それを知らなかったら一体何が起きてるんだと思うよね。
「もしも」の話とすら思わなかった。
とは言え本当はもっと何か深さやメッセージがあるのかもしれないけれど、
今のカフェラァテには分からなかった。
結局は、「もしも」のお陰で「両想いということが分かって良かったね」という感じで、
最後の海での別れのシーンも、別に死ぬ訳じゃあないし、両想いということが分かった今、現実世界でいつでも会えるのになんであんなに今生の別れみたいになるのか、とか思ってしまったね。
とはいえまだ子供だから、好きにいつでも会えるということは難しいか。
転校した友達とはそう簡単には会えないし、結局一度も会うことが無いように。
別れは寂しいし、悲しいし。
自分の子供時代を思い返すと「確かにそんな風に思うかもしれない」と納得はした。
同時に「大人になってしまったんだな、、、」とも思ったよね。。。
意外な角度から自分の成長(老い)を見つめ直したって感じだったね。。。
しかしノリミチはだね、
なずなと両想いということが分かり、二人の世界を楽しみ始めて以降、
一気に完全に、非常にわかりやすく、いわゆる『なんちゃらコミット』ってやつをし始めたなあと。
別に悪い事ではないんだけれど、そりゃそうなるよなって感じだけど、
絵に描いたようではあったね。
好きだったらそうなるよね、ということ。
ただ、それだけのこと。
2.ドラマ版
正直、こちらもメッセージとか深さとかは感じられず、、、
アニメ映画ではここから結構脚色されてストーリーも変わっていて、内容的にも良くなっていたんだなと思った。
なずな(
奥菜恵)とノリミチ他が同級生にはとても見えない。
というか、なずなが小学生に見えない。
『16歳に見えるかな?』
って言っていたけれど、余裕で見えるし、ていうか逆に小学生には見えないよ。
(一部の男子児童も明らかに中学生っぽいが、、、)
設定と実年齢は違うんだろうけど、まあまあ無理がある。
あのなずなはそりゃあ可愛い。
そりゃあモテる。
オーラが違う。
そして、やっぱりアニメ映画と同じく、
単純に
『「もしもの世界」に行った』
という話だった。
両想いということが分かっただけ。
ノリミチは、アニメ程はっきりとはなずなを好きだという振る舞いをしてはいなかったけれど、あれは好きなんだろう。
アニメみたいになんちゃらコミットはしなかったけれど。
そして、プールで最後どうなった?
元の世界に戻ったの?もしもの世界のままなの?
なずなはどこに行った?
駆け落ちしようとか、帰ろうとか。
わがままやな。
好きだったら許してしまうか。
魔性やな。
、、、で、帰ったの?
なずなは「二学期にまた会えるね」って言っていたけれど、二学期じゃなくても会えるだろうと。
なんなら、転校したって会えるだろうと。
その辺はアニメ版のところで書いた感想と同じだけれど。
とにかく『両想い』が分かって良かったね。
青春だね。
、、、そんな風に、、、思ったよね。
雰囲気はいいけれど、
内容的には深みとかメッセージ性とか、そんなにはない作品、
だという感想だった。
まあ、深みやメッセージ性があればいいって訳じゃあないしね!!
それぞれの魅力や楽しさがあるのがエンタメってえもんだ!!
基となったドラマのコンセプトが「ifもしも」ということらしいので、
そりゃあメッセージ性とかではなく、
『もしもああだったら』
『もしもこうだったら』
ということが趣旨になるのは当然。
というかメッセージ性は実はあるのかもしれない。
自分の選択とか、
偶然とか必然とかのその時々の分岐によって運命が定まっていくとか、
だけどその分岐を自分で生み出して自分で切り開いても行けるんだとか、
結局何事も自分次第だとか、
そんなメッセージがあるのかもしれない、とも思った。
観てる時にはそうは思わなかったけれど、
このブログを書いているたった今、そう思い始めた。
やっぱり振り返ること、考えや感想を文字に起こすことはめちゃくちゃ大事だね。
作品のメッセージもさることながら、そんなことに改めて気づかされた。
そんな学びを得たところで、、、
てなわけで、
決着ゥゥーーーーッ!!